スイス連邦憲法上の基本権の保障―Drittwirkungとは何か?

篠原 翼 *

I. はじめに

 本稿は,スイス連邦憲法上の基本権の保障における Drittwirkungの概念について,その概念の内容を簡潔に紹介することを目的としている。故に,詳細な検討は行わず,スイス法上のDrittwirkungの概念に関する基本的な理解のみを示すことにしたい。

II. Drittwirkungについて

 まず,Drittwirkungという概念は,起源的にドイツ法上の概念であり,基本権の水平的効果(un effet horizontal des droits fondamentaux)を説明するものである[1]。すなわち,「基本権は,法秩序全体おいてその効果を発揮するものであって,公法との関係のみ」で効果を発揮するものではない[2]。言い換えれば,Drittwirkungの概念は,私人間の関係性に対して基本権の直接適用を認めるとする概念である[3]。例えば,報道の自由は,国家によって侵害される場合があるだけでなく,「経済的統合の現象(le phénomème des concentrations économiques),広告業者のボイコット(le boycott des annoncerus)(…)」等によっても侵害され得る場合がある[4]。しかし,Drittwirkungの概念に基づいて私人間の関係に対しても基本権を適用することができるとされるが,基本権の適用のみではその私人間関係において生じる法的紛争を解決することはできない。

 これらの私人間の紛争を解決するためには,一般法及び特別法を適用する必要がある[5]。つまり,民法や刑法等の具体的な規定を参照する必要がある。それらの法を参照する際には,基本権に合致するように解釈しなければならない[6]。スイス連邦裁判所は,これを「基本権の間接的水平的効果」(l’effet horizontal indirect des droits fondamentaux, indirekte Drittwirkung)と呼んでいる。例えば,ATF 132 III 122において,スイス連邦裁判所は,スイス連邦憲法第28条(組合結成の自由,la liberté syndicale)が私企業(secteur privé)における労働関係について「基本権の間接的水平的効果」を認めている[7]

 これに対して,直接的水平的効果(effet horizontal direct)を認められるのは,スイス連邦憲法第8条3項第3文である[8]。本条は,男女平等規定として,同一労働同一賃金を求める権利が私人間の関係に直接適用されると理解されている[9]。また,スイス連邦裁判所は,患者と医者との関係における個人的自由に対して直接的効果を認めている[10]

III. 結びに

 結論として,Drittwirkungは,基本権の適用が国家に対するものだけではなく,基本権の私人間への適用も認めることを示すための概念である。しかし,基本権の規定が私人間に適用されただけではその法的紛争を解決することはできないため,その基本権の効果を直接的水平的効果と間接的水平的効果の2つに区別し,スイス連邦裁判所において一般的に問題となるのは,後者である。つまり,当裁判所は,私人間関係に適用される連邦法がスイス連邦憲法上の基本権に間接的に違反していないかを判断しなければならない。故に,Drittwirkungは,スイス連邦憲法を理解する上で重要な概念の一つであるといえるだろう。


* 明治大学修士課程修了(MLaw),現ローザンヌ大学修士課程在籍(MLaw)。

[1] Andreas Auer, Giorgio Malinveni & Michel Hottelier, Droit constitutionnel suisse, Volume II, Les droit fondamentaux, Troisième édition, Stämpfli Eéditions SA Berne, 2013, pp. 58-64 at 58.

[2] Ibid., p. 58.

[3] Ibid., p. 58.

[4] 他にも,ストライキの権利(le droit de grève),経済的自由によって保障される自由競争(la libre concurrence garantie par la liberté économique),表現の自由(la liberté d’expression)等の権利は,国家によってだけではなく,私人によっても制限され得る。See Ibid., p. 59.

[5] Ibid., p. 60.

[6] Ibid., p. 61.

[7] ATF 132 III 122 S. 132 (4C.422/2004 du 13 septembre 2005), consid, 4.4.1.

[8] Article 8 al. 3 in fine : « L’homme et la femme ont droit à un salaire égal pour un travail de valeur égale. »

[9] Andreas Auer, supra note 1, p. 64.

[10] ATF 114 Ia 350, S. 358, consid. 6.  

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