スイス刑法典と日本国刑法との比較

筑波大学社会・国際学群 社会学類 河内 康佑

I. はじめに

 スイスは、他国と比べても「変わった国」である。最大の特徴は、直接民主主義を採用している点と永世中立国として認知されている点である。その影響から、内部では直接民主主義に則り、内閣が各政党から選出された議員で構成されていたり、永世中立を維持する観点から国民皆兵制が採用されていたりする特徴がある。外部との関係では、ヨーロッパに位置するにも関わらずEUには参加せずにスイスフランという独自の通貨を使用している一方で、シェンゲン協定など自国経済に資する「中立的」な国際的枠組みには参加しており、1人当たりGDPは世界4位[1]と経済的な豊かさを維持している。このように、どこの国とも似つかない仕組みで成り立っているスイスにおいては、法令も特徴的である。一例として、スイス憲法を見てみると、そこには連邦が動物・植物の遺伝的多様性を保護するとの記載が存在する[2]
 同様に、将来の犯罪予防ないし治安の維持を目的とした刑法にも興味深い規定が複数存在する。分かりやすい点を指摘すると、わが国の刑法における科料は「1千円以上1万円未満」と定められているのに対し(刑法17条)、スイス刑法典における科料の上限は「1万スイスフラン(約200万円[3])」と定められている(スイス刑法典106条1項)。
 もちろん、スイス刑法典と日本国刑法が多くの共通点を有することは一般的な認識だといえる。しかし、本稿では、敢えてわが国の刑法とは異なるスイス刑法典の規定を分析・比較することにより、わが国の刑法における展望を明らかにすることを試みる。そのために,本稿では、スイス刑法典の中で個人的に興味深いと感じた規定を大きく3点に分けて取り上げる。1点目は、スイス刑法典において量刑や刑の減軽に関する判断基準が具体的に記載されている点である。2点目は、犯行ないし再犯をする可能性のある者から被害者を確実に保護する制度(謹慎保証金、技術工学的機器の使用)が刑法上設けられている点である。3点目は、特定の自然人に責任を問うことが著しく難しい場合に企業に対して刑法上の責任を問う制度が設けられている点である。

II. スイス刑法典と日本刑法典の比較

1. 量刑・減軽における判断基準の明示

 スイス刑法典第47条1項及び2項は、「裁判所は、犯人の責任に応じて刑を量定する。犯人の経歴及び個人的事情並びに刑が犯人の生活に与える効果を考慮する」及び「責任は、被害法益の侵害又は危殆化の重大性、行為の悪質性、犯人の動機及び目的、並びに犯人が内的及び外的状況によれば法益の危殆化又は侵害を回避することができた程度に応じて、これを定める」と規定している[4]。本条は、裁判所が量刑を判断する際に考慮すべき事由について具体的に明示しているものだと考えられる。これは、個別の事案に対する量刑がどのようなプロセスを経て決定されているかを明らかにするものであり、社会全体で犯罪が起こるのを防ごうとする一般予防や、「どんな人がどのように何をした場合にどうなる」という部分を明らかにすることで心理的強制の効果を高める狙いがあるのではないかと考えられる。
 また、スイスでは他国と異なり、裁判官を担う者を「法学に精通する者のみ」と限定していなかった、すなわち、素人裁判官を認めていたという歴史的経緯があるため、判断基準を明確にすることで司法判断の一貫性を維持しようとした狙いもあると考えられる。そして何より、量刑に際して考慮すべき事由を刑法上明示することは、そもそも罪刑法定主義の原則に忠実に則るものであり、かつ被疑者が必要以上に重い罪を科されることを防ぐことから責任主義にも則るものであり、それらの刑法における基本原則に照らして合理的である。加えて、スイス刑法典48条は、刑の減軽について定めているが、ここにおいても犯人にどのような事情が存在する場合に刑を減軽するかを明確に定めている[5]
 しかし、わが国の刑法をみると、量刑について言及した規定は存在せず、刑の減軽について定めた日本国刑法66条によれば「犯罪の情状と酌量すべきものがあるときは、その刑を減軽することができる」との記載しか存在しない。つまり、わが国の刑法は極めて抽象的な規定となっている。この点について、日本では量刑に関するデータの集積を資料とした「量刑相場」なるものが強い規制力を持っていることから、たとえ条文自体が抽象的であったとしても、統一的な量刑が行われていると考えられている[6]。とはいえ、法定刑の幅の広い日本において、刑の量定にあたり何の基準もないとなると、実際に言い渡される刑が全くばらばらのものになってしまう[7]。また、刑法は心理的強制という性格を持っているのであるから[8]、人々に対して「具体的な犯罪行為に対する具体的な刑罰の重さ」を認知させ、その効果を高めるためにも、明示的な基準を設けることが必要である。したがって、実務上形成された量刑相場によって量刑の統一性を維持した上で、それが形成される上で考慮されている事由を適切な形で明文化することにより、量刑の公平性と透明性の両方を担保することができるかもしれない。

2. 犯行や再犯を防ぐための制度

 スイス刑法典には、被害者を確実に保護するための再犯防止制度が存在する。なかでも興味深いと感じたのは、謹慎保証金と技術的工学機器の使用に関する規定である。
 まず、謹慎保証金(Friedensbürgschaft)について、スイス刑法典66条1項によれば「ある者が重罪若しくは軽罪を犯す危険をもって脅迫し、その危険が現存するとき、又は重罪若しくは軽罪を理由に刑を受けた者が当該行為を反復する特定の意図を明示しているとき、裁判所は、脅迫させた者の申請に応じて、脅迫者に対し、当該犯罪を行わないことを約束させ、そのために適切な保証金を給付させることができる」[9]。つまり、謹慎保証金とは、犯行を仄めかして脅迫する者の存在によって恐怖を感じている者の要請により、当該犯罪を実行しない旨を約束させ、保証金を支払わせることができるものである。このように、スイス刑法典は、実際に発生した犯罪を罰するだけでなく、将来の犯罪を未然に防ぐための予防的措置も規定している。謹慎保証金を支払うことにより、犯行を仄めかした者はお金を失わないために犯行を踏みとどまる。したがって、当該制度は犯人に対して保証金を支払わせることにより再犯を防ぐことが目的であるところ、スイス刑法における処分の規定は予防法を前提としていることから[10]、当該制度も同様に再犯の防止を刑法の目的として見出す相対的刑罰理論の発想に基づいたものだと言える[11]
 加えて、スイス刑法典67b条3項は,ストーカー行為などの再犯を防ぐ目的から、被害者との接触を防ぐため、再犯の可能性がある者に対して技術的工学機器(GPS)を使用することができると規定している[12]。これは、非常に興味深い規定である。というのも、スイスでこのような制度が可能となった背景には、刑事政策における2つの重要な概念が関係しているといえるからである。
 スイスの刑事政策は刑罰二元主義を採用しており、「刑罰」と「保安処分」という2つの概念が存在する。そのうち、保安処分とは行為者の「再犯の危険」を除去することを目指すものであり[13]、裁判所は刑罰と保安処分のどちらか、若しくはその両方を課すことができる。このようなスイスの刑事政策において、主軸となっている考え方とは、犯罪行為の遂行に結び付けられた自由権を「保安処分」という形で制限することが、将来の犯罪減少効果を有する場合には「正当化」されるというものである[14]。したがって、犯罪若しくは再犯を行う可能性のある者の自由権を一部制限することや、保安処分という制度を用いて社会から隔離することにより自由権を全面的に制限することは、国家の治安を維持する観点から許容されているのである。
 一方で、日本は犯罪者処遇制度の手段を刑罰のみに限定する刑罰一元主義をとっている[15]。そうなると、日本には保安処分との概念が存在しない以上、たとえ罪を犯した者であっても、二重処罰禁止の原則に鑑み、刑罰の執行後に国家によって新たにペナルティを課すことは認められない。また、GPSの性質について、最高裁は「個人の行動を継続的、網羅的に把握することを必然的に伴うから、個人のプライバシーを侵害し得るもの」だと判示している[16]。この点について、GPSはカメラや録音機などの機器よりも対象者の動向について詳細な情報を得ることができるため、このような位置情報端末の使用は、対象者の私的領域に侵入するものであるから、新たな刑罰を課すことと同等の意味を持つと考えられる。したがって、日本においてGPS使用や、先述の謹慎保証金の制度を導入する場合、日本国憲法39条(二重処罰の禁止)に基づき、憲法ないし人権の議論が起こりうる。

 しかし、刑事政策ないし刑法における大義とは、犯罪者に刑罰を加え、規範を示し、国民の安全を保護することであるから、これらの一部を日本でも制度化することには合理性がある。特にも、現在の日本ではストーカー被害が依然として多く、殺人などの重大な犯罪につながる例も存在する一方で、ストーカー行為をして逮捕されたとしても、二度と近づかないという誓約書を書かせる程度で、被害者を確実に保護するための実行力のある手段は存在しないという問題がある。この点、スイス刑法典のGPS使用を認容する制度は評価されるべきであり、日本も参考例として考慮する必要があるのではないだろうか。

3. 企業への答責性

 スイス刑法典102条には、企業犯罪などにおいて特定の自然人に犯罪行為を帰責できない場合、企業に対して500万スイスフラン(約10億円)以下の科料を以て処罰を行うことができると規定されている[17]。すなわち、マネーロンダリングや特定の企業が関わる刑法上の罪について、幹部や関わった社員などに帰責できる証拠が十分でなかったとしても、当該企業が犯罪行為に関わっている事実を以て科料を課すことができるとの規定である。
 これに対して、日本の刑法は、自然人による行為のみを対象としており、企業絡みの犯罪だとしても、企業や団体などの法人自体を処罰することはできない。換言すると、特定の自然人を特定した上で犯罪行為を行ったことを立証することが必要となる。また、企業の責任を追求する場合、両罰規定を有する独占禁止法や金融商品取引法などの特別法に頼るしかない。その点、スイス刑法典の企業への可罰性を認める規定は組織責任を追求できるという点で汎用性が高く、企業犯罪の抑止に一定の効果があると考えられる。そして、日本では個々の特別法によって企業への可罰性が認められているが、スイスでは刑法典において企業への可罰性を認めている点で、より広範な法益保護につながるといえるだろう。以上より、企業犯罪が複雑かつ巧妙になっているなかで、消費者の利益を保護し、健全な国民経済を維持していくため、日本での導入を検討することも視野に入れるべきではないだろうか。

Ⅲ. おわりに

 本稿では、スイス刑法典の分析を通して興味深い規定を抽出し、それらの背景を考察した上で、日本における導入可能性について検討した。結論として、スイスでは刑法典において刑罰と保全処分を区別して規定しており、刑法に規定されているのは応報刑論的な刑罰だけでない。すなわち、刑罰の執行に加えて、他の国民にとって危険な人物を「保全処分」というかたちで隔離、若しくは自由権を制限することは国家の役割として正当化されるものだとする考え方が根付いている。日本において、そのような考え方は根付いていないため、スイス法の処分に関する規定を日本においてそのまま導入することは難しい。しかし、ストーカー犯罪や企業犯罪など、その深刻度・阻止の重要度が増しているからこそ、それらの犯罪を確実に防止するための処分規定の導入を検討すべきだと考える。いずれにせよ、各国の刑法にはそれぞれの個性があるため、他国の刑法を分析することで、自国の刑法の課題を探るのは有意義なアプローチであると考える。

[1] GLOBAL NOTE「世界の1人当たり名目GDP 国別ランキング・推移(IMF)」(2025年)<https://www.globalnote.jp/post-1339.html>(2026年3月19日最終閲覧)

[2] スイス連邦憲法120条2項によれば、“It shall take account of the dignity of living beings as well as the safety of human beings, animals and the environment, and shall protect the genetic diversity of animal and plant species.”、即ち「連邦は、動物、植物その他の有機体の胚および遺伝質の取引に関する規則を定める。その際、連邦は、被造物の尊さ並びに人間、動物及び環境の安全性を考慮し、動物及び植物の遺伝的多様性を保護する」。

[3] 2026年4月19日の時点で、1スイスフランは200.55円である。

[4] 小池信太朗・神馬幸一訳「スイス刑法典第1編総則」慶應法学第36巻(2016年)313頁。

[5] スイス刑法典48条によれば「裁判所は、次に掲げる事由があるときは、刑を減軽する。 a.犯人が ⒈損傷に値する動機から、⒉重大な苦境において、⒊重大な脅迫の影響の下で、⒋服従させられ、又は依存している者の指示により、行為をした場合。 b.犯人が被害者の態度により深刻に誘惑された場合。 c.犯人が事情に鑑み免責可能な激しい情動又は大きな精神的負担の下で行為をした場合。 d.犯人が真摯な反省を行動で示した、特に予測できる限度で損害を賠償した場合。 e.行為からの時間の経過に鑑み、刑の必要性が明白に減少し、犯人がその期間中に善行を保った場合」と定められている(小池2016:314頁)。

[6] 井田良「入門刑法学・総論〔第2版〕」有斐閣(2025年)253頁。

[7] 松本時夫「刑事裁判官らの量刑感覚と量刑基準の形成」刑法雑誌46巻1号(2006年)13頁。

[8] 前掲,注5,21頁。

[9] 前掲,注4,330頁。

[10] クリスティアン・シュワルツェネッガー・小池信太郎監訳,藪中悠他訳「スイス刑事制裁制度」慶應法学第36号(2016年)204頁。

[11] 前掲,注10,194頁。

[12] スイス刑法典67b条3項によれば「(ある者が1人以上の特定の人物に対して、又は特定の団体に属する人物に対して、重罪又は軽罪を犯し、かつ、かかる人物に接触する際、その行為者が重罪又は軽罪の再犯をする危険が現存するとき、)禁止の執行のために、所轄機関は、当該行為者に固定的に接続される技術工学的機器を使用することができる。この機器は、特に行為者の現在地を確定するように設計することができる」。

[13] 丸山雅夫「スイスの2007年刑法における保安処分」南山法学第32巻2号(2008年)11頁。

[14] 前掲,注10,189頁。

[15] 前掲,注13,2頁。

[16] 最判平成29年3月15日刑集71巻3号13頁。

[17] スイス刑法102条1項によれば「ある企業において、その企業目的の枠内で業務活動遂行中に、重罪又は軽罪が犯され、かつ、当該企業の欠陥ある組織体制により特定の自然人に当該犯罪行為を帰責できないとき、その重罪又は軽罪は、当該企業に帰責される。この場合において、当該企業は500万スイスフラン以下の科料で処罰される」;前掲,注3,358頁。