スイス連邦憲法とスイス州憲法との関係性について

篠原  翼 *

1. はじめに

 スイス連邦では,スイス連邦憲法(Constitution fédérale de la Confédération suisse, Cst; Bundesverfassung der Schweizerischen Eidgenossenschaft, BV)[1]とスイス州憲法が同時に存在している。現在の各州は,個々独立の国家であり,これら小さな国家が共同して連帯同盟(Pacte d’Alliance)を締結し,最終的に現在の連邦国家制度に辿り付いたのである[2]。この歴史的事実は,州の自治(autonomie de cantons, 第47条)に示され,各州がそれぞれ独立して立法・司法・行政の役割を果たす機関を有しており,特に各州の立法府によって州内に適用される州法が制定されることになる[3]。特に,スイス州憲法については,スイス連邦憲法第51条1項によれば,スイス州憲法は,州民によって採択され,したがって,スイス国内に存在するすべての州は,固有の州憲法を有している[4]

 そこで問題となるのは,スイス連邦憲法とスイス州憲法との関係である。連邦法優位の原則(le principe de la primauté de droit fédéral,第49条)に照らせば,州憲法はあくまで州法であるため,連邦法たるスイス連邦法がスイス州憲法に対して優位することになる[5]。さらに,スイス州憲法は,連邦によって連邦法に合致しているか否かを判断されることになる(第51条2項)[6]。このような状況下において,スイス国内において,スイス州憲法はどのような意味を有するのだろうか。スイス州憲法は考慮する必要はなく,スイス連邦憲法のみを考慮すべきなのだろうか。本稿では,この問題について若干の考察を行いたい。

2. スイス連邦憲法とスイス州憲法の関係性

 本章は,スイス連邦憲法とスイス州憲法の関係性について検討する。前提として,スイス連邦憲法は,連邦法に分類されることから,連邦法優位の原則に基づいて,スイス州憲法に対して優位することになる。また,上記で述べた通り,第51条2項に従って,スイス州憲法は,連邦によって連邦法に合致しているか否かを判断されることになるため,実際には,各州の制定権限は連邦法の範囲内で制限されていると考えられるだろう。では,スイス連邦憲法が常に優位するのであれば,スイス州憲法の存在意義は何だろうか。

 スイス連邦は,連邦国家として成立したわけではなく,独立した州が集まり形成された国家である。しかし,ナポレオンによるスイスへの侵攻により,フランス革命の影響を受け中央集権型の統治制度の導入と各州の地位の同一化が図られた[7]。ナポレオン没後もその影響が残り,1848年旧スイス連邦憲法によって連邦制度が採用された[8]。このような歴史的事実は,州の自治(第47条)および連邦政府の州への介入の制限(第51条1項)を憲法上規定することの一因となっている。

 また,第51条2項で規定される連邦による州憲法の承認は,連邦法に合致しているかどうかを判断するに留まり,連邦法の枠外の事項については,州憲法や州法によって規律されることになる(図表1参照)。この点につき,民法(第122条1項)や刑法(第123条1項)のように,連邦憲法は,どの事項について連邦に権限が帰属しているのかについて規定している。

図表 1 – スイス国内法の関係性(国際法は除く)

 以上から,たとえもし連邦法優位の原則によって連邦法が州法に優越したとしても,連邦が規律することができる事項については連邦憲法上明らかにされており,それ以外の事項を各州の州憲法や州法によって規律されることになっている。言い換えれば,連邦憲法はスイス連邦全体に適用される共通事項について規律し,それ以外の事項については,各州の自治に従って,連邦憲法および連邦法に反しない範囲内で州憲法によって規律されている。さらに,連邦法は,各州の自治を尊重するために,州に対して「裁量余地」(marge de manoeuvre)を認める傾向がある。そのため,スイス州憲法は,スイス国内において重要な地位を有していると考える必要があるだろう[9]。逆に言えば,スイス国内法を正しく理解するためには,連邦憲法や連邦法だけではなく,州憲法および州法も分析対象としなければならない。

3. むすびに代えて

 本稿では,スイス連邦憲法とスイス州憲法の関係性について簡単に検討した。連邦法優位の原則に基づいてスイス州憲法が意味を持たないものになるのではなく,あくまで連邦連邦や連邦法がスイス全土における共通事項を規律する法規として存在しており,それ以外の事項については,各州によって定められる州憲法や州法によって連邦から独立して規律されることになる。また,本稿では,国際法との関係性については論じていないため,この点については,別稿で簡単に検討することにしたい。


* 明治大学修士課程修了(MLaw),現ローザンヌ大学修士課程在籍(MLaw)。

[1] Constitution fédérale de la Confédération suisse (Cst) du 18 avril 1999 (Etat le 1er janvier 2020) (R101); il est disponible sur https://www.admin.ch/opc/fr/classified-compilation/19995395/index.html.

[2] 簡単なスイス連邦の歴史については,https://www.swissinfo.ch/fre/histoire-suisse/29166240を参照せよ。

[3] 第47条「1. 連邦は,州の独自性を保持しなければならない。2. 連邦は,州がその職務を自主的に遂行することに拘束を加えず,その組織的自立権を顧慮する。連邦は,州に十分な資金源を委ね,州がその職務を遂行するのに必要な資金を確保できるように配慮する。」ワルター・ハラー原著,平松毅・辻雄一郎・寺澤比奈子訳,『スイス憲法―比較法的研究―』成文堂(2014年),213頁参照。

[4] 例えば,Canton de Vaud,Canton de Genève, Canton de Zurich等,それぞれが独立して州憲法を有している。

[5] Andreas Auer, Giorgio Malinveni & Michel Hottelier, Droit constitutionnel suisse, Volume II, Les droit fondamentaux, Troisième édition, Stämpfli Eéditions SA Berne, 2013, pp. 37-42 at 38.

[6] Alexander Misic & Nicole Töpperwien, Constitutional Law in Swizterland, Second Edition, Stämpfli Publishers, 2018, p. 33.

[7] Ibid., p. 26.

[8] Ibid., pp. 27-28.

[9] Ibid., p. 55.

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