篠原 翼 *
I. はじめに
本稿は,スイス連邦憲法における基本権の制限条項について検討する。スイス連邦憲法上,基本権への制限(limites)は,3つの手段でによって認められている。すなわち,①制約(restrictions),②逸脱(dérogations),③停止(suspensions)である。以下では,各項目を簡単に紹介していくことにしたい。
II. スイス連邦憲法上の基本権への制限の可能性
第1に,基本権に対する制約について,スイス連邦憲法第36条にその条件が以下のように列挙されている。
第36条 基本権の【制約】
「1. 基本権の【制約】には,法律上の根拠を必要とする。重大な制限には,法律自体にこれを規定しなければならない。ただし,重大,直接かつ差し迫った危険がある場合は,この限りではない。
2. 基本権の【制約】は,公益又は第三者の基本権の保護のために正当化できるものでなければならない。
3. 基本権の【制約】は,目的に照らして比例原則に反しないものではなければならない。
4. 基本権の本質的内容は,不可侵である。(【】内は,筆者が訳語修正)」[1]
当規定に基づいて制約を受けることが認められている基本権は,「自由」に該当する権利である。例えば,信教・良心の自由(libertés de conscience et de croyance,第15条)や意見・情報の自由(liberté d’opininon et d’information)等であり,これら「自由」に分類される権利については,第36条の定めに従って,基本権の制約が認められている[2]。
第2に,基本権に対する逸脱については,スイス連邦憲法第100条3項によって,経済的自由の原則に対してのみ認められている[3]。すなわち,「対外経済及び財政の分野における財政金融政策に関しては,連邦は,必要な場合には,経済的自由の原則から【逸脱】することができる(【】内は,筆者が訳語修正)」と規定する[4]。
第3に,停止について,国家が例外的な状態である場合に,一時的に基本権を停止することができる[5]。この点について,スイス連邦憲法第165条は以下のように規定する。
第165条 緊急の場合における立法
「1. 連邦法律で,即時に執行を猶予することができない場合には,各議会の定足数の過半数の議決によって緊急である旨を宣言することによって,直ちに執行することができる。この議決には期限が付されなければならない。
2. 緊急と宣言された連邦法律に対して国民投票が要求された場合には,1年以内に国民によって承認されない限り,その法律は連邦議会における採決後1年で効力を失う。
3. 緊急と宣言された連邦法律がその制定のための憲法上の根拠を有しない場合は,1年以内に国民及び各州によって承認されない限り,連邦議会による採決後1年で効力を失う。この連邦法律の施行には期限が付されなければならない。
4. 緊急と宣言された連邦法律が国民投票によって承認されなかった場合は,再制定することはできない。」[6]
国家が緊急事態の際に,基本権に対して制限を課すことは,ヨーロッパ人権条約第15条及び自由権規約第4条によって一定の場合に許容されている。その際には,国家は条文で定める条件を満たす必要がある[7]
III. 結びに
本稿では,基本権の制限が認められる場合について,スイス連邦憲法の規定に沿って紹介した。これらの規定は,当然如何なる場合に規定上の条件を満たすと考えることができるかは,判例やスイス当局の実行を詳細に分析する必要があるだろう。これらの3つの手段による基本権の制限についての詳細な検討は,別稿で行うことにしたい。
* 明治大学修士課程修了(MLaw),現ローザンヌ大学修士課程在籍(MLaw)。
[1] ワルター・ハラー原著,平松毅・辻雄一郎・寺澤比奈子訳,『スイス憲法―比較法的研究―』成文堂(2014年),210頁。本翻訳では,restrictionsを「制限」と訳しているが(ドイツ語を参考にしているため),筆者は,restrictionを「制約」と訳し,limites(制限)と区別することにする。
[2] Andreas Auer, Giorgio Malinveni & Michel Hottelier, Droit constitutionnel suisse, Volume II, Les droit fondamentaux, Troisième édition, Stämpfli Eéditions SA Berne, 2013, pp. 65-68 at 65.
[3] Ibid., p. 65. また,第26条2項において,財産権に対する逸脱が黙示的に認められていると解することもできる。See p. 117.
[4] 前掲,注1,226頁。
[5] Andreas Auer et al., supra note 2, pp. 65-66.
[6] 前掲,注1,243頁。
[7] Andreas Auer et al., supra note 2, pp. 67.
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